Directors Chair
偉大な映画監督が遺したディレクターズチェア。
その椅子に囚われていく若き映画監督。
ディレクターズチェアに秘められた真実とは-。
第19話「真実の扉」
「……光田さん、大丈夫ですか?」
目を覚ましたとき、光田浩一は映写室の床に倒れていた。
目の前には心配そうに覗き込む渡辺沙織の顔。周囲を見回すと、映画館のホールには誰もいない。ディレクターズチェアはいつもの場所に静かに佇んでいた。
「俺は……」
光田は額の汗を拭いながら、頭を整理しようとした。さっきまで見ていた映像、暗闇の中で響いた声、そして自分と瓜二つの影――すべて夢だったのか?
だが、指先に残る冷たい感触が、今の出来事が現実だったことを物語っていた。
「光田さん、最近様子が変ですよ。本当に大丈夫なんですか?」
沙織の声は心配そうだったが、その目にはわずかな恐れも見えた。
「……俺は、監督が残した”何か”に近づいている気がする」
光田はディレクターズチェアを見つめながら呟いた。
佐伯監督は、何を見てしまったのか?
そして、彼が本当に撮りたかったものとは?
答えは、映画の中にあるはずだった。
翌日――。
光田は再び映写室にこもり、佐伯監督の遺したフィルムを解析していた。
膨大な未編集の映像の中から、あの”未知の映像”を探し出そうとしたが、どこにも見当たらない。あの夜、スクリーンに映し出された佐伯監督の姿も、黒い影も、データ上には存在しなかった。
「そんなはずはない……」
だが、フィルムを巻き戻すうちに、ある異変に気がついた。
映像の端に、**通常の撮影ではありえない”ノイズ”**が紛れ込んでいる。
それは、まるで”何か”がフィルムに干渉したような痕跡だった。
「これは……?」
光田は慎重にノイズ部分を解析し、拡大した。
そこに映し出されていたのは、ぼんやりとした影――いや、違う。
それは、映画館の扉の前に立つ人影だった。
誰なのかははっきりしないが、強い違和感を覚えた。
「この扉……どこだ?」
光田は映像を見ながら考えた。映画館のどこかに、こんな扉があっただろうか?
その夜。
光田は館内を歩きながら、映像の中の扉と同じ場所を探していた。
ロビー、映写室、倉庫、楽屋……どこを探しても、それらしい扉は見つからない。
「やはり、あの映像自体が幻覚だったのか……?」
そう思いかけたとき、彼の足が止まった。
廊下の奥、誰も使っていない旧倉庫の片隅に、一枚の古びた扉があった。
それは、まさに映像の中で見た扉と同じだった。
なぜ今まで気づかなかったのか?
いや、もしかすると――何かの力が、この扉を”見えなくしていた”のかもしれない。
光田はゆっくりと扉に手を伸ばした。
その瞬間――
ギィ……
扉の向こうから、微かに音がした。
誰かが、中にいる?
光田は息を呑みながら、ゆっくりと扉を押し開けた。
そこは、密閉された小さな部屋だった。
埃が積もった机、古びたフィルム缶、そして――
壁一面に貼られた、無数の写真。
光田は思わず息を飲んだ。
写真の中央には、佐伯監督の姿があった。
しかし、それだけではない。
彼の周りには、いくつもの”影”が写り込んでいた。
それはまるで、映画館のどこかに”見えない観客”がいるかのようだった。
光田の指が震えた。
「これは……何なんだ?」
その時、背後で扉がバタンと閉まった。
光田は慌てて振り向いた。
誰もいない。
しかし――
暗闇の奥から、低く響く声がした。
「ようこそ……”真実の扉”の向こうへ……」
光田の背筋が凍りついた。